経営者としての責任
経営哲学などと生意気なことをタイトルに持って来ました
が、そんな難しいことを書くつもりはありません。
私は会社を独立して22年になります。
年数だけは過ぎてしまいましたが、依然として大したことをしていません。しかし、今思い返して見ますと独立間もなく私が今
最も尊敬する方とめぐり会ったことが現在の自分を形造っていると思います。
それはどんな方かと申し上げますと
無名ではありますが、経歴は昔で言う国師に当たる方で
昭和天皇の師匠
をされた方です。
京都の方で禅の巨匠であります。
学者であり、
内閣のブレーン
また松下幸之助を始めとする、名のある
大手企業20社以上の顧問
をされていました。
禅を極められたかたで、有名になることが良いことではないと決して表に出ようとはしませんでした。それだけの
実力を持ちながら我々の様な中小企業での講演をされ色々なことを教えて頂きました。
そのことが現在の私の人生そのものと言えるかと思います。
前置きが長くなりましたが、私の経営理念を申し上げたいと思います。別に掲げている企業理念ともダブルとは思いますが。
先ず企業と言ういうものは社会に役に立つ存在でなければなりません。
これはどなたも言われていることで当然と言えば当然です。しかし、重要なことであります。
次に来ることは会社というものは当然社員があっての会社です。その社員が生活をするのに充分な生活費が与わる必要があります。この
生活の保障に社長は責任を持たなければならないことです。
次に社員は社業を生き生きと仕事に対して
誇りをもって励むことが出来る環境を社長は造る必要がある
と言うことです。そして、
社会正義
です。世間に堂々と後ろ指を指されることのない様な倫理観を持っているかどうかと言うことです。
日本の国は唯一の国家と言える国である
と先生は仰っております。それは何故かと言いますと、
日本の国は家族がそのまま国に成長した国であるのです。
天皇を中心にした家族それが日本です。天皇は常に国民のことをご心配されているのです。そこに国民は
天皇を家族でいえば父親のようにお慕いし尊敬申し上げる
と言う訳です。
時代はさかのぼり
仁徳天皇
の砌、天皇は高台に上がり国民の生活を見ていました。そうしますと、
夕刻
に食事の支度をする時刻になっても
煙が上がらず、
如何したんだろうと近従のものに聞いてみると、
国民は近年天候が悪く作物が不作で食事も満足に出来ない状態であると言うことでした。
それを聞いた仁徳天皇はそれから
2年間国民の税金を免税にしました。
そして天皇と言えども着ているものはほころび貧しさを国民と共に耐えました。そうして
2年後にまた高台に上がり国民の様子を見た時
に今度は夕刻に国民の家々から煙が上がったとそうです。そして仁徳天皇は言われたそうです。
「我富めり」!
国民の豊かさが即自分の豊かさである。
これが日本の天皇であります。そして、国民は天皇に感謝して天皇がお亡くなりになってから、あのような御陵(前方後円墳)を国民自ら進んで作ったとのことです。そして、
国民は天皇のことを尊敬仰慕してきたのです。
このように
日本の建国以来2,668年(皇紀)
続いてきている訳です。戦中、戦前の方は当然このようなことはご存じな訳ですが、私達戦後の人は何処でもこの様なことは教えて貰えなかった訳です。これを先生に教わりました。
何故このような事を書いたのかと申しますと、
現在の日本は
社会においてもビジネスにおいても、只
自分のことしか考えていない世の中である
と言いたいのです。例をあげれば切りが有りませんが、子供が「人を殺して何故悪い」とよくニュース等で聞きます。また、ビジネス等においても金を儲けるのが何故悪いと
手段を選ばないビジネスが横行しています。
これで良いのかとつくづく考えさせられます。日本は和の国であり最初に申しました
家族がそのまま国になった唯一の国であります。
ですから家族は勿論、会社、サークルの様な趣味のグループと言わず、集団としての集まりにおいては必ずその中に中心人格があり、その
中心人格によってその良しあしが決まってきます。
家族ならば父親、会社ならば社長、趣味の会ならばその会の会長、その人の人格によってその団体が良くもなり悪くもなると言うことであります。ですから
我々会社を経営している立場としてその責任を充分に自覚して経営に当たらなければならない
訳です。